初期の谷崎作品を十二分に味わえる『刺青・秘密』

永井荷風にその才能を見出され「当代稀有の作家」として華々しいデビューを飾った谷崎潤一郎の7作品を収録。
どの作品も明治・大正、平安時代、はたまた夢のなかが舞台で、登場人物の心模様が流れるような文と共に描かれています。

デビュー作の『刺青』を読むと、往年の作家たちが天才と称賛した理由がよくわかります。
この頃からTJの女性礼賛、足フェチな所も見え、特に女性の足の描写や背中に彫られた刺青の表現が素晴らしく、執念すら感じます。
彫り物師、清吉は理想とする娘を見つけ出し、睡眠薬で眠らし、背中に女郎蜘蛛の刺青を彫る。
かくして清吉の念願はかない、理想の女を手にするのですが、眼を覚ました娘が言います。

親方、私はもう今迄のような臆病な心を、さらりと捨てゝしまいました。───お前さんは真先に私の肥料(こやし)になったんだねえ

燦爛とした刺青を宿し、娘から一人の女に変身したこの一言が胸に刺さります。

『少年』はタイトル通り小学生の男の子が主人公。
学校では大人しい友人が、家では腕白小僧で、イタズラがエスカレートする話です。
友人の家はどこか神秘的なところがある。
自分の家とは勝手が違うし、入ってはいけない部屋。大人の遊びを知っている兄や姉。
いけない遊びをなんとなく自覚しつつも、心の中で感じる興奮は少年時代の僕も経験したような気がします。

『異端者の悲しみ』は、TJの自伝だそうです。
たしか父親が事業を失敗しつづけ家運が傾き、学費が払えず東大を中退していたので苦労したようですが、自尊心が強いわりに大学にもろくに行かず、友人から借りた金は返さずとまあひどい青年です(笑)
でもこんな学生ひとりやふたりいたような気がするなあと思いつつ読みました。
寝たきりで死を待つばかりの妹や両親を邪険に思い、家計も苦しくなっていく様はなんだかやるせない気分になります。

『母を恋ふる記』は個人的には収録された作品の中でも一番好きです。
最初に読んだ時はよく状況が読めない描写ばかりでしたが、夢オチだったのかとわかると全てが合点いって、何度も読み返しました。
母に会いたくてどこまでも夜の海辺を少年が歩く。その情景が少し怖いけどノスタルジックであり、ファンタジーでもあります。
このふわふわした感じが続き、ついに三味線を悲しげに弾きながら歩く女性を見つけます。
三味線から響く音が「天ぷら食いたい、天ぷら食いたい」と聞こえ、腹をすかせた少年は、実はこの女性が母なのではないかと思い始めるのです。
あゝ切ない。

他の作品も繰り返し読むほど素晴らしい短編集で、ぜひ読んでもらいたいです。