僕は本が嫌いだった

学生時代の僕は、読書が大嫌いだった。
幼児の頃は母によく絵本を読んでもらった記憶があり、その頃は本が好きだったけど、小学生の頃はファミコンにハマってしまい、よく勉強しなさいと怒られていた。
唯一の救いは宇宙に興味があり、たまに宇宙関係の本を読むくらいで、あとはとにかくファミコン命だった。
お年玉で天体望遠鏡を買って月や惑星、わずかに見える星雲など観測して楽しんでいたけど、中学になると次第に興味がなくなってしまった。
というかこんな地味なことをしているのが、ひどくダサく見えてしまったからだと思う。
異性に興味を持ち始める中学生なので、ダサいのは嫌だったのだろう。

この頃から国語が嫌いになる。
数学や英語は得意だったけど、国語は苦手というより嫌いだった。
特に文章読解が苦手&嫌いで、「作者の言いたいことは次のうちどれか。」みたいな5択の問題とか、説明を聞いても納得できなかった。
いや作者こんなこと言ってないじゃん。もしかしたら正解とは違うこと考えてたかもしれないじゃん。とずっと思ってた。
その点、数学は計算や証明の答えに至るまでの道筋がきちんとしているので、答え合わせの時に納得できたし、得意科目でもあった。
そのころには読書の「ど」の字も僕の頭には無かった。

高校生の頃は読書がいよいよ嫌いになった。
国語が現国と古文漢文と別教科になり、また現国の先生が嫌いだったこともある。
なんであの先生嫌いになったんだろ。
今思うと嫌いになった理由がよくわからないけど、だいたい中学高校の頃は顔がなんかムカつく、しゃべり方がムカつくとか、そんな理由で大人を嫌うことが多い時期なのである。
どうしようもないキレたナイフである。

で、この現国の先生、よく読書感想を宿題に出すのだ。
しかも夏目漱石や小林多喜二、梶井基次郎など、いわゆる純文学の感想を書かす。
文字数は覚えていないけど、原稿用紙数枚だったと思う。

だいたい男子高校生の頭の中なんてエロで埋まってる時期なのに、夏目漱石の感想なんて書けるわけがない。
しかも教師は「なんかムカつく」先生だし。
感想文もなかなか書けない日が続いた。
時には半分くらいしか読まないで、内容を憶測で考えて書いていた時もあった。
これでますます読書が嫌いになってしまった。

この頃は天体望遠鏡を引っ張り出すことはしなかったけど、宇宙には興味があったので迷わず理系コースへ進んだ。
かくして読書から逃れることができた。どうしようもない高校生だ。

大学生、社会人になってからのことはまた今度。