読了前に死にそうになる『死に至る病』

「死に至る病」とは新約聖書『ヨハネによる福音書』第11章4節から引用されているイエス・キリストが、病気で死んだ友人ラザロを蘇生させた際に「この病は死に至らず」と述べたことに由来します。
副題が「教化と覚醒のためのキリスト教的、心理学的論述」とある通り、絶望から救われるにはキリスト教の信仰をしろという側面が強いです。

クセのある文体と難解な内容に苦戦し、冒頭の

自己とは自己自身に関係する所の関係である。すなわち、関係ということには関係が自己自身に関係するものなることが含まれている──それで自己とは単なる関係でなしに、関係が自己自身に関係するというそのことである。

が出てきた時はそっと本を閉じようとしましたが、そこはぐっと我慢し一応最後まで読み終えました。

キルケゴールは父親が熱心なクリスチャンであり、自分がビジネスに成功したり不倫をした罰で、お前は34歳までに死ぬと言われます。
自分の罪を息子にも被せるのはどうかと思うのですが、実際兄弟の多くは34歳までに死去しているので自分も同じ運命をたどるのだと思い、婚約者レギーネとの結婚を破棄してしまいます。

結局キルケゴールは生涯独身、レギーネは他の人と結婚しましたが、二人は生涯愛し合っていたそうで、他の哲学者と違いなかなかのプラトニックな恋をした人でもあります。

ちくま学芸文庫の『死に至る病』は430ページありますが、半分は注釈という逆に読みづらい感があります。
注釈はあっても読みにくいものは読みにくい。
疑問点が出たら前のページに戻って読み直すということは哲学書にはざらで、読了するには体力が必要です。

第一部「死に至る病とは絶望である」
絶望には大きく分けて3段階があり要約すると、
1.絶望して自己が分からない場合
2.絶望して自己自身から脱却したいと望む場合
3.絶望して自己自身のままでいたいと望む場合
の3種類がありこのへんは自分にも理解でき、詳細に分析しているなと思いました。

第二部「絶望とは罪である」
こちらはちょっと何言っているかわからないですね状態になりましたが、要はキリスト教を信仰しすることが絶望という病から回復できると説いているそうです。

絶望というとなんかズーーンと落ち込んでいる様をイメージしますが、絶望を厳密に分析できただけで満足、というか今の自分の理解度の限界です。
特に第二部は聖書をある程度知っていないと理解できないので、今度聖書を読んでみようと思います。

あとは読了後の達成感ですね。我ながらよーここまで読んだなと思いました。
一読だけでは理解できない内容なので、そのうち再読したり疲れたらやめたりして、長くつきあう本にしようと思います。
自分が死に至るまでには今よりも消化できるようにしよう。