お艶殺し

後の名作を思わせる『お艶殺し』

女は名家の一人娘、お艶。
男は奉公人、新助。
二人はある夜駆け落ちし、江戸を転々し、
新助だけでなく、関わる男たちがお艶の魅力にハマる。

この時点で『春琴抄』『痴人の愛』を思わせる谷崎文学の鉄板設定で、
久しぶりに楽しめた。

江戸っ子らしいべらんめぇ口調が雰囲気を醸し出し、
位の差を乗り越えようとする二人の純愛を描くと思いきや、
どんどんやばい展開に進む。

優男の新助。男勝りのお艶。
昼ドラもビックリの展開が続くけど、
二人の落ちていく運命は、あれ悲しいという思いで終わらせるのではなく、
美しい物語で終わっている。

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戦乱を生きた盲人が語る『盲目物語』

かつては近江の国は名将、浅井長政が治め、
織田信長の妹、お市の方が政略結婚として嫁いだ国でもあります。

そこに使える盲人が語り部として、
当時の戦国時代を語る物語です。

滋賀県の長浜周辺が舞台の中心で、
現在は少し寂しさを感じる地方都市ですが、
一時期は時代を左右する戦が幾度となくあり、
織田信長が天下を狙う足がかりの地でもあります。

このかつては歴史を変える舞台で、
今は静かな場所になった感じは『吉野葛』と共通するところで、
この二編が一冊の本にしてあるのも合点がいくわけです。

特に戦乱に翻弄されるお市の方が不憫。
はかなくとも強く生きようとする姿が盲人により語られていました。
他にも名のある武将が次々と話しに出てきますが、
とにかくお市の方の生き様が悲劇的でした。

また全体的にひらがなで書かれていて、段落も少ない。
このあたりが「語っている」感を出していて、
谷崎潤一郎の新たな演出も垣間見えました。

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南北朝の名残を遺す『吉野葛』

吉野というと奈良県のどこか真ん中あたり?
うっそうとした山々があるところ、くらいしか僕にはなかったのですが、
『吉野葛』はそこが舞台。

日本の歴史の中では南北朝時代という、
朝廷が2分する珍しい時期があり、吉野はその南朝の拠点となりましたが、
南朝の衰退により南北朝は統一。
吉野は歴史の表舞台から姿を消します。

以降は昔ながらの風景が生き続け、
昔ながらの良き日本の姿が書き綴られています。

小説というより、エッセイでしょうか。
途中で古文が引用されたり手紙に書かれていたりで、
僕には読みづらい箇所もありました。
この頃に『盲目物語』『武州公秘話』を発表するなど、
歴史をベースにした作品を書き上げています。

秋の吉野を舞台に、母への想いを馳せる所は、
派手な内容ではないけど、いかにも日本的な作品でした。
『母を恋ふる記』は幻想的な世界、『吉野葛』は地味(いい意味で)な世界、
といったところでしょうか。

吉野へは行ったことないですが、
調べるとこんもりとした山が聳え立つところで、
海よりも山派の僕には好みの場所でした。

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男女関係は面倒くさい『蓼食う虫』

『異端者の悲しみ』は、谷崎潤一郎自身の学生時代をベースにした短編。
こちらは離婚するまでの経験を元に書き上げた話のようです。

結婚は簡単だけど、離婚は大変。
という言葉を耳にするけど、谷崎作品にしては感情の抑揚が薄く、
途中で地唄や浄瑠璃のくだりもあって、珍しく味わえない作品に感じました。

『春琴抄』『痴人の愛』『卍』にあるような、
恋とも愛とも言えないような想いもなく、
かといって支配欲、女性崇拝といった著者らしい作品の箇所も少ないです。

ただどちらが離婚を切り出すか。
言う方になるか言われる方になるか、お互いがグダグダになる感じが続き、
ある意味離婚するときってこうなるのかなあと思うと、
改めて離婚の大変さを実感するわけでした。

主人公の要も妻の間男の存在を容認しているし、
セックスレスが原因と紹介文にはあるけど、
それだけではないような気もしました。

むしろ義父の妾であるお久に対して、
要はなんらかの感情があるような気がしてなりませんでした。
所々にお久に対する要の心理描写があるので、
ああこの二人は最後に・・・と思っていましたが、
なんにもありませんでした(笑)

夫婦に限らず恋人同士でも、別れる際はどちらかが切り出さないといけない。
言われる方も傷つくけど、言うほうもそれなりにしんどい。

いつの時代も男女関係は面倒なのでした。

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TJによる日本語解体新書『文章読本』

「〇〇読本」というタイトルの本はたびたび見かけますが、
恐らく「読本」とつけた本を最初に名付けたのは、谷崎潤一郎だと思われます。

谷崎氏による一般人にもわかる文章の書き方を教えてくれますが、
こうすれば文章が上手になるといった方法はなく、むしろ
「言語は万能ではないこと、その働きは不自由であり、時には有害なものであること」
と説きます。

なるほど、文の書き方だけでなく、大人になれば手っ取り早い習得法に何かと目が移りがちですが、何かを習得するには繰り返し練習すること、文章については本を繰り返したくさん読み、自分で繰り返し書く事が大事だと、改めて教えられました。

特に難しい言い回しをせずに、実用的に書くことが、藝術的の手腕を要するところで、
志賀直哉氏の『城の崎にて』の一文を引用していますが、正直すごく普通の文章です。
普通なんだけど、ちゃんと情景が伝わる。
無駄な主語や修飾語がない。
音読しても読みやすい。
これこそが良い文章であり、藝術的というわけです。
(谷崎氏は、自分の書いた文を繰り返し音読し、推敲を重ねていたそうです)

英語と日本語の違いについても説明されています。
日本語には文法に縛られず、省ける所は省けますが、
これは多くを語らない国民性にあり、「男は黙って云々」という文化と日本語が関係しています。
日本語の言語と文化の関連性についても興味深かったです。

さらに文章の要素を
一、用語 二、調子 三、文体 四、体裁 五、品格 六、含蓄
と、日本語を細かく解体して、自身の書き方、文章のあり方について教えてくれました。

特に品格については普段の礼儀作法や身だしなみと同じで、
饒舌を慎む、言葉使いに気をつけるなど、耳の痛い話が続きました。

そして含蓄こそが、この本の言いたい事のほとんどで、
先ほどの品格であり、無駄な形容詞や副詞を使わず、「言葉を惜しんで使う」のだそうです。

結局、上記のような良い文章を書くには感覚を磨く事が大事で、
「読者自身が感覚を以つて感じ分けるより外に、他から教えようはない」
とのことです。
冒頭に、これを読めば文章が上手くなるわけではないと但し書きがあった通り、
すぐに文章が上手くなる方法の近道はありません。
谷崎氏自身、文章を書く才能が元々あったのだろうと思いますが、
その心がけや洞察力は、とても参考になりました。

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初期の谷崎作品を十二分に味わえる『刺青・秘密』

永井荷風にその才能を見出され「当代稀有の作家」として華々しいデビューを飾った谷崎潤一郎の7作品を収録。
どの作品も明治・大正、平安時代、はたまた夢のなかが舞台で、登場人物の心模様が流れるような文と共に描かれています。

デビュー作の『刺青』を読むと、往年の作家たちが天才と称賛した理由がよくわかります。
この頃からTJの女性礼賛、足フェチな所も見え、特に女性の足の描写や背中に彫られた刺青の表現が素晴らしく、執念すら感じます。
彫り物師、清吉は理想とする娘を見つけ出し、睡眠薬で眠らし、背中に女郎蜘蛛の刺青を彫る。
かくして清吉の念願はかない、理想の女を手にするのですが、眼を覚ました娘が言います。

親方、私はもう今迄のような臆病な心を、さらりと捨てゝしまいました。───お前さんは真先に私の肥料(こやし)になったんだねえ

燦爛とした刺青を宿し、娘から一人の女に変身したこの一言が胸に刺さります。

『少年』はタイトル通り小学生の男の子が主人公。
学校では大人しい友人が、家では腕白小僧で、イタズラがエスカレートする話です。
友人の家はどこか神秘的なところがある。
自分の家とは勝手が違うし、入ってはいけない部屋。大人の遊びを知っている兄や姉。
いけない遊びをなんとなく自覚しつつも、心の中で感じる興奮は少年時代の僕も経験したような気がします。

『異端者の悲しみ』は、TJの自伝だそうです。
たしか父親が事業を失敗しつづけ家運が傾き、学費が払えず東大を中退していたので苦労したようですが、自尊心が強いわりに大学にもろくに行かず、友人から借りた金は返さずとまあひどい青年です(笑)
でもこんな学生ひとりやふたりいたような気がするなあと思いつつ読みました。
寝たきりで死を待つばかりの妹や両親を邪険に思い、家計も苦しくなっていく様はなんだかやるせない気分になります。

『母を恋ふる記』は個人的には収録された作品の中でも一番好きです。
最初に読んだ時はよく状況が読めない描写ばかりでしたが、夢オチだったのかとわかると全てが合点いって、何度も読み返しました。
母に会いたくてどこまでも夜の海辺を少年が歩く。その情景が少し怖いけどノスタルジックであり、ファンタジーでもあります。
このふわふわした感じが続き、ついに三味線を悲しげに弾きながら歩く女性を見つけます。
三味線から響く音が「天ぷら食いたい、天ぷら食いたい」と聞こえ、腹をすかせた少年は、実はこの女性が母なのではないかと思い始めるのです。
あゝ切ない。

他の作品も繰り返し読むほど素晴らしい短編集で、ぜひ読んでもらいたいです。

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TJの隠れた名作『武州公秘話』

谷崎潤一郎の代表作といえば『細雪』『痴人の愛』『卍』『春琴抄』等ありますが、『武州公秘話』は今までとは違うスタイルで書かれた名作。

時は戦国時代。妙覚尼が残した『見し夜の夢』と、武州公に仕えた道阿弥の手記『道阿弥話』を引用しながら進んでいきます。
架空の物語ですが、タイミングよく「参考文献」を差し込んでくるので実際にあった話にも見えます。

最初の1ページめはいきなりガチの漢文が出てきて、目次も古文調で書かれているのでさっっぱりわからず、あーヤバイなこれと思いましたが、本編はちゃんと現代文なので安心しました(笑)
ただ登場人物の名前や呼び方が変化したり、難解な漢字も散見されたので、谷崎作品の中では読みづらい感じがしました。
特に古文漢文の所はよくわからなかったので、すっ飛ばしてしまいました。ごめんなさい。
それでもストーリーは面白いし、挿絵も味がありとても良い。

確か『文章読本』で、学生時代にかなり漢文を読み書きしたと書いてありましたが、この作品では学生時代に培ったものが発揮されているのかなと思います。

作品によって新しい書き方に挑戦するのが谷崎スタイル。
これも新たな文体を模索している姿がみてとれました。

気になるのが、戦国時代には名のある敵の武将を討ち取ったら、首を持って帰り女性が綺麗に化粧して大名に見せる風習が実際にあったのか。
戦の最中に首を切る暇がない時は、あらかじめ鼻を削いで目印にして、後で首を切っていたそうですが、このへんは本当にあった話なのか。

思春期まっさかりの武州公が、首を綺麗に洗っている女性の姿を見て衝撃を受けたのはわかりますが、自分も生首にされ弄ばれたいという性的興奮を丹念に描いています。
文体や書き方を変えてもこのへんの変態ぶりは一貫としてブレない所は、さすが谷崎先生です(笑)
しかし露骨なエロさをださず、生と死との間の言い知れぬ感情を上手く表現されています。

また昔の貴族階級の厠には蛾の羽を大量に入れておき、排泄物が見えないようにする説明がありましたが、これは『厠のいろいろ』にも書いてあり、僕も少しは谷崎文学に詳しくなってきたかなと悦に入りました。余談ですけど。

というわけで、谷崎文学の代表作にはあまり名前が上がらない本作ですが、これも他の作品と比べられないくらい名作かなと思います。

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『陰翳礼讃』はデザイナー必読本なのか

谷崎潤一郎の日本文化の「陰翳」について考察された随筆。
西洋文化が庶民に浸透し、一般化しつつある昭和初期。
東洋と西洋の文化や思想の違いを家屋から日用品、食、芸術などから具体例を紹介しつつ、日本人独特の闇に対する美意識を再発見させてくれます。

僕の住む街にも町屋と言って昔ながらの家がありますが、確かに外は晴れてても薄暗くひんやりしている。
でもなんか落ち着くのは生粋の日本人だからでしょうか。
掛け軸や工芸品の色合いは闇があることを前提にして制作、色付けしていて、電気ランプでピカーと明るい部屋では良さが損なわれるのも、思わず納得してしまいました。

また日本独自の科学が発展すれば、日本家屋に合う電化製品や照明も出来たのではないかという発想も面白い。
確かに冷暖房やテレビなどが日本家屋仕様だとどんなプロダクトになっていたのか、PCやWebサイトは縦書きになってたのかなと、勝手にあれこれと考えてしまいました。

和食は目で楽しむだけでなく瞑想に近いと考え、蝋燭の灯のもとでお膳の料理や漆器の椀物を食するくだりを読んだ時は、いつか瞑想という観点で一人で食事をしてみたいと思いました。
羊羹の黒でなく漆黒感、味噌汁の濁りかたひとつにしても、ここまで観察すると普段身の回りの物に対する見え方もまた変わってきます。

最近は伝統回帰というか和モダンテイストの家も多く、ライトもただ明るくするだけでなく、様々な蛍光灯が売られています。また照明も間接照明などライティングの技術も進化しているので、現在の日本の陰翳について谷崎氏がご存命だったら是非感想を聞いてみたいなと思いました。

ちなみにデザイナー必読!とたまに見かけますが、別にデザイナーじゃなくてもオススメできます。
日本の伝統美を再認識できるし、鋭い観察眼から生まれる流れるような文体は相変わらず秀逸。
デザイナーにオススメするなら、ライター、コピーライター、フォトグラファーにもオススメしたい。
ページ数も60頁ほどでダラダラとせず完結するので、読了まで飽きずに読めました。
あと猛烈に羊羹が食べたくなりました(笑)

他にも「懶惰の説」「恋愛及び色情」「客ぎらい」「旅のいろいろ」「厠のいろいろ」も収録されています。
こちらも面白かったのでいつかレビューしたいなと思います。

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純愛を超えた純愛『春琴抄』

僕がTJ(谷崎潤一郎)の作品を読むきっかけになった本です。こんな綺麗な日本語を書く作家は後にも先にもいないかと。

盲目で美しく気高い三味線師匠春琴と、弟子であり奉公人の佐助の物語。恋とも愛とも言い切れない、他人が一切入れない二人だけの官能の世界を描いた、わずか100ページ弱の見事な小説です。

とにかく佐助の献身ぶりがすごい。どんなに虐められても我儘を云われても、泣かされようが蹴られようが、とにかく春琴に尽くす。
これではただのマゾヒズムな男。しかしある日、春琴の顔が傷つけられてしまい、その後にする佐助の行動をみて、ああこれが本当の愛なのか、世間一般でよく使われる「愛」を超えた心を感じました。

ぱっと見は春琴がドS、佐助がドMという関係ですが、それだけではとても片付けられない、歳を経るごとにむしろ輝く二人の関係に、精神的な繋がりの美しさを覚えました。

文体は句読点がほとんどないので慣れるまで読みづらい感はありましたが、後に読んだ「文章読本」では、意図的に句読点を減らし、薄い墨でサラサラと書いた雰囲気を出すためにこのような文章にした、とのことです。
そう言われて読み返すと、なるほど、流れるような文がこの物語にはぴったりだなと思いました。

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騙し騙されの愛憎劇『卍』

ある若奥様が(谷崎)先生に自分にふりかかったけったいな愛憎劇を告白する話。
初めはちょっとした悪戯から始まった光子との関係が、いつの間にやら同性愛、嫉妬、不倫と、一言では云いきれない関係が次々と発覚。途中からは裏切りの連続が続いて、誰と誰がグルになってるかわからなくなり、
はて、僕も光子に騙されてるのか知らん。
という気イさえするのんです。

そんな谷崎潤一郎の女性を崇拝する気持ち、マゾヒズムが凝縮された作品で、なるほど代表作のひとつと言われるのも納得。
直接的な性描写もなく、書かない(もしくは書く必要がないようにする)ワザも見られ、この辺の詳細は読者諸君の想像に任せると言われてるような気がしてなりません。

関東大震災を機に東京から大阪に移住し、そこからは関西を舞台にした作品を出しましたが、谷崎氏にかかれば標準語より関西弁のほうが美しく日本的にすら感じられます。